静岡地方裁判所沼津支部 昭和45年(ワ)200号 判決 1973年8月30日
原告 国
訴訟代理人 佐藤弘二 外四名
被告 原英男 外八名
主文
原告に対し被告原いくは金一六六万六、六六〇円、被告原英男同岩本博子同原正は各金一一一万一、一一〇円、被告山田キミは金一六六万六、六六〇円、被告山田公美同山田久雄同松田朝子同山田晶士は各金八三万三、三三〇円及び以上の各金員に対する昭和三五年七月五日以降支払済にいたるまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は原告において被告原いく同山田キミに対し各金三〇万円の、被告原英男同岩本博子同原正に対し各金二〇万円の、その余の被告等に対し各金一五万円の担保を供するときは第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因としてつぎのように述べた。
一 原告(但し所属行政庁名古屋国税局長)は訴外南熱海観光株式会社(以下滞納会社という)に対し昭和四五年二月二八日現在、昭和四一年度法人税外合計二、八〇七万七六四二円の租税債権を有する。
二 滞納会社は昭和三五年七月四日商号を南熱海埋立会社、営業目的埋立事業、観光事業等、設立の際発行する株式、一万株の額面株式(一株の額面五〇〇円)として設立され、昭和三七年四月八日商号を南熱海観光株式会社と変更し同一〇月一〇日株主総会の決議により解散し現在清算中である。
三 滞納会社は訴外原廣市(昭和四三年一二月一二日死亡、以下単に廣市という)同山田一美(昭和四四年六月六日死亡、以下単に一美という)同訴外一藤木幸一同稲村雅一同石田邦夫同牛窪利明同森野新太郎同菊地利夫同小松弘昌同小山貞吉同安藤清一が発起人となり設立したもので、代表取締役には廣市が就任したが設立の際の株式払込はいわゆる「見せ金」によるもので現実には払込みが行われていない。
即ち、廣市は昭和三五年七月四日自己が代表取締役をしている訴外関東起業株式会社名義の大和銀行静岡支店普通預金口座(口座番号七一四八B)から五〇〇万円引き出し、同時に静岡銀行熱海駅支店の廣市名義別段預金口座(口座番号一の六五一)に電信当座振込手続によつて送金預入れたが、同日全額払出して同銀行
の滞納会社名義払込口別段預金(廣市外一三名、一万株五〇〇万円)に再預入れ右静岡銀行熱海駅支店から株式保管証明書を得て滞納会社の設立登記手続を為した。ところが右別段預金は二日後の昭和三五年七月六日全額払戻され、静岡銀行熱海駅支店の滞納会社名義当座預金に新規預入れられたが、翌七月七日大和銀行静岡支店廣市名義別段預金に電信当座口振込手続で全額送金され、さらに同年同月九日には廣市名義普通預金口座(口座番号七〇一一番)に振替預入れられた後同日廣市によつて全額払出されている。
右のように滞納会社の資本金五〇〇万円はその設立の二日後に別段預金を取りくづして廣市に払戻され、資本の用に供されておらず他に資本払込のされた事実もないのでいわゆる「見せ金」である。
したがつて発起人は滞納会社に対し商法第一九二条第二項により各自連帯して株式払込の義務を負担するものである。
四 そこで原告は第一項記載の租税債権を徴収するため昭和四五年一月二八日廣市の共同相続人である妻被告原いく、子の同原英男、同岩本博子同原正に対し、また同年二月一〇日一美の共同相続人である妻被告山田キミ、子の同山田公美同山田久雄同松田朝子同山田晶士に対し、滞納会社が被告等に対し有する株式払込請求権(被告原いく同山田キミについては各一六六万六、六六〇円、被告原英男同岩本博子同原正については各一一一万一、一一〇円、被告山田公美同山田久雄同松田朝子同山田晶士については各八三万三、三三〇円と右各金員に対する会社設立の日の翌日である昭三五年七月五日以降支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)を差押え、被告等に右差押の事実を通知した。
右により原告は国税徴収法第六七条にもとづき右債権の取立権を取得したので被告等に対し前記各金員を支払うべきことを求める。
被告原いく同岩本博子同原正(以下単に被告原等という)の主張に対し、
一 廣市、一美、一藤木幸一等滞納会社の発起人となつたもの達は昭和三三年頃熱海市下多賀の海面埋立事業を企図し、同年一〇月二一日廣市名義で静岡県知事に対し公有水面埋立免許を申請したところ、同県知事から埋立事業の公共的性格に鑑み法人組織としなければ免許を与えない旨内示されたため、急拠発起人となつて昭和三五年七月四日滞納会社を設立した。そこで同県知事は同年同月八日廣市名義で為された申請に対し免許後滞納会社に埋立権を譲渡することを内々の条件として右埋立の許可を与え、廣市等は同日同県知事にあてて滞納会社への埋立権譲渡許可の申請を為したところ、同年同月一一日右譲渡が許可されたのである。
二 公有水面埋立事業を行うには埋立権取得のために相当額の運動資金を必要とするのが通例であるが、一方一旦その権利を取得すると経済的価値が莫大であるところから埋立権者はその権利を引当てにして信用で事業を遂行することが或程度可能である。滞納会社の埋立事業についても廣市等は埋立権取得後右事業のためさらに自己資金を用意するつもりは全くなく、初めから借入金により埋立工事を進め機を見て資力のある大手業者にでも権利を売り該工事を引継がせ、労せずして転売利益を掌中にしようと言う心算であつた。そうしたわけで滞納会社の設立は新たな事業資金の結集という意味をもつものではなく、あくまで埋立権取得のための方便でしかなかつた。
三 一方廣市等前記発起人達はそれぞれ埋立権を取得するために関係筋、地元有力者、観光業者、漁業関係者等と交渉するなど各自の実力に応じて資金や労務、信用を提供したので、将来埋立権や埋立地が有利に転売されて利益がもたらされたときにはそれぞれの貢献度に応じて収益の還元を受ける約束をしていたのである。ところがたまたま右事業のため会社を設立することになりその発起人に名をつらねることになつたので、右約束にもとづく各人の権利は本来ならその共有財産とも言うべき埋立権を共同で現物出資するという方法などによつて滞納会社の株主権として具体化されるべきであつたが、会社設立が急を要した上もともと便宜的なものにすぎなかつたため現物出資による設立と言う面倒な法律上の手続きにより相互の利害を明確にしておこうとの考えまではもたなかつた。しかし乍ら右発起人等の約束は相互の了解事項として維持され、滞納会社設立後はこれに対する一種の持分権として承認された。
四 右のように廣市等発起人達は表向きは滞納会社の株式をそれぞれ七〇〇株づつ平等に引きうけると言う形式を調えたものの現実に株金を払込む意思は全くないまま滞納会社を設立したのである。
そして右発起人の前記合意にもとづく権利は、昭和三五年一〇月滞納会社の株式全部を訴外冨士宮信用金庫(名義上は同訴外金庫の役員訴外石川省三等六名)に一括譲渡することになつてその譲渡代金から一美が、一、九三〇万円、廣市が一、七〇〇万円、一藤木幸一、稲村雅一、森野新太郎が各三〇〇万円、牛窪利朗、菊地利夫が各二〇〇万円、小松弘昌が一〇〇万円を分配取得しこれにより右訴外人等の埋立権取得のための労苦はむくわれ、出費は償われた。
五 以上のように廣市等滞納会社の発起人達が計画した埋立事業に対しては法人組織にすることを条件として免許が与えられたため、急拠会社設立を余儀なくされ便宜個人事業を法人経営に切替えたわけで、その間実質上の事業の経営者はもとより事業の内容も全く同一であつたから発起人等は滞納会社への埋立権譲渡により対価を得て従前の個人事業を清算する心要は全くなかつた。
したがつて埋立権譲渡と言つても実質的には滞納会社への名義変更であり、当然に無償であるべき筋合で事業も被告等の主張するような対価支払の約定はなかつたのである。
六 確かに廣市個人も埋立権を取得するについてはかなりの出費をしたであろうと推測されるけれども、それは前記のように関係者間で将来の事業の利益から配分を受けることにより填補される約束であつたのであり、廣市がいまだ事業収益もない設立当初にその約束に反し自己の出費のみを、しかも総費用三、七〇〇万円余のうち五〇〇万円のみを回収するため共同の財産である埋立権を一存で有償処分したなどと言うことは到底考えられないことである。
被告等の抗弁に対し
一 被告等は原告が被告等に対してのみ本件株金払込金全額の支払を請求し、他の発起人等に請求しないのは不公平であり信義則に反し権利の濫用である旨主張するが、商法第一九二条第二項にもとづく発起人の株金払込義務は発起人全員の連帯債務であるから、債権者はその債務者の一人に対し又は同時もしくは順次に総債務者に対して先部又は一部の履行を請求することができるのみならず、廣市、一美の両名は前記埋立事業の主宰者として滞納会社設立後はその代表取締役に就任するなど現実に業務の執行に当り、しかも一美が一、九三〇万円廣市が一、七〇〇万円と言う多額の分配を受けてそれ相当の利益を享受しているのでありこの点からも本訴請求は正当な権利の行使である。
なお廣市の前記分配金のうちには滞納会社に対する立替金分も含まれていると思われるが、その額は二四〇万円程度でありそれ以外に廣市が多額の支出をした形跡もない。
二 本件株金払込請求権は商行為によつて発生した債権でも、また不法行為にもとづく損害賠償債権でもなく、その消滅時効期間は会社設立の日から一〇年である。したがつて被告等の時効の抗弁も理由がない。
と述べた。
被告原等訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
一 請求原因事実のうち第一項は不知、第二項は認める。第三四項のうち廣市の死亡及び主張のような債権差押の通知があつたこと、被告原等が何れも廣市の相続人として主張の法定相続分により相続したことは認めるが、その余は否認する。
二 滞納会社の株式は昭和三五年七月四日までに取扱銀行である静岡銀行熱海支店に全額払込まれているので、原告の請求は失当である。
三 仮りに右払込まれた株金が滞納会社の設立後廣市によつて払出されたとしても、右は廣市が開業準備心要費として漁業組合その他に支払つた金員の決済もしくは対価として受領したのであるから払込未払ということにはならない。即ち廣市は昭和三五年七月八日静岡県知事からつぎのような内容の公有水面埋立免許を得た。
(イ) 区域。熱海市多賀五一九番の三から同町五五九番までの地先公有水面面積一万二、四九六坪六合。
(ロ) 埋立目的。観光施設用地に供する。
(ハ) 工期免許の日から起算して二ヶ月以内に埋立に関する工事に着手し、工事の日から二年以内に竣工しなければならない。
工事に着手したときは直ちに届出を要する。
(ニ) 埋立免許料。二〇〇万八、〇三三円とし三島土木事務所長の発する納額告知書により指定の期日・場所に納入すること。
廣市は右免許を受けた直後滞納会社との間で右埋立権につき、その免許を得るまでに自己が支払つた費用三、五〇〇万円と免許料二〇〇万八、〇三三円の支払を条件として滞納会社に譲渡する旨の契約を結び、昭和三五年七月八日右埋立権の譲渡を為すべく
静岡県知事に対し埋立許可の申請を為し同年同月一一日その許可を得た。原告主張の廣市が同年七月七日滞納会社から支払を受けた五〇〇万円は右譲渡代金の内入金であつて、適正に滞納会社に払込まれた株金から適正に支払を受けたものである。
四 廣市と滞納会社との関係及びその設立の経緯はつぎのようなものである。
(一) 廣市が本件埋立免許申請をしたのは昭和三三年一〇月二一日であり、滞納会社の発起人等との間で協定が成立したのは同年一二月三日であつて、原告の言うような企図で本件埋立免許申請が為されたのではない。
(二) 尤も昭和三二年頃、一藤木幸一、稲村雅一、森野新太郎等は本件埋立と同一の計画を立てその免許を得るべく奔走したが、実現の見込みなく、昭和三三年五、六月頃安藤清一を通じて政治色なく資力のあつた廣市に右実現方を依頼した。廣市は一旦これを断つたがさらに同年八月頃当時の熱海市長などからも再三依頼を受けやむなくこれを引受けて右事業の実現に当ることになつた。その際一藤木幸一、稲村雅一、森野新太郎はそれまでに要した諸費用六万円の贈与方を懇請したのでこれを承諾し、森野新太郎に六万円を渡して右訴外人等との利害関係を一応打切り、廣市単独で昭和三三年一〇月二一日本件埋立免許申請を為した。
(三) ところが廣市を除く滞納会社の発起人となつた者達は右埋立事業に異常の執着をもち、廣市に対し埋立免許を得た暁はその事業に参加したい旨を懇請して来たため、廣市もこれを了承し免許があつたときは廣市及び発起人等で会社を設立しその株式は平等に割当て、しかも第三者には譲渡しないこと、廣市は埋立権を会社に譲渡すること、その条件は後日別途に定めることを約した。(乙第一五号証)
仮りに原告主張のとおりとすると、公有水面埋立法第一六条によれば埋立に関して生ずる補償は、譲渡後でも譲渡人は譲受人と連帯してその責に任じなければならないので漁業権者に対する損害補償、損害防止施設費、同法第一〇条の施設に対する損害補償、同法第一五条の土地立入使用補償などは無資力の滞納会社に支払能力がないためすべて廣市の負担とならざるを得ず、免許を得るまでに要した廣市出捐の巨額の費用は廣市の負担となるなど数千万円の危険を負う結果となるのである。廣市は当時すでに、(イ)南熱海観光協会及び南熱海温泉組合との間の施設に関する補償契約、(ロ)神明宮(代表西島尚)に対する補償金一〇〇万円支払及びその後の施設の補償契約、(ハ)西島高次郎、四島立入栄蔵との補償契約、(ニ)網代進盛組(代表納屋信清)との施設補償、金銭等補償契約、(ホ)網代滋漁業協同組合との土地及び施設補償等契約、(ヘ)下多賀漁業協同組合との補償契約、(ト)右訴外組合との金銭(五〇〇万円)補償契約などをすませており、これらについて何等の解決措置を講じないまま埋立免許権を滞納会社に譲渡したということはあり得ない。原告主張の大和銀行静岡支店廣市名義預金口座に振込まれた五〇〇万円は滞納会社の廣市に対する右埋立権譲渡代金の一部である。右事実は滞納会社設立経過によつても明らかであつて、廣市が埋立許可申請を為したのは昭和三三年一〇月二一日で、滞納会社設立について将来取得する株式の配分を決めたのは同年一二月三日であり、昭和三五年六月一六日会社創立準備会と称する発起人会において滞納会社設立の場合には会社は廣市に対し三、五〇〇万円を支払う旨の決議が為された。右決議事項は会社が設立された後は会社の債務として当然承継されるべきものであつて、その後許免権譲渡契約において前述するように有償の埋立権譲渡契約が成立した。
(四) さらに埋立免許料二〇〇万八、〇三三円は廣市が自己の資金を送付して滞納会社の銀行口座に振込んだ上該金員をもつて支払つており、静岡県知事の譲渡許可は譲受人に新たな権利を付与するものでもなく埋立免許権の移転は譲渡契約の効力によるものであることは明らかであるから、右県知事の許可後においても未だ埋立権は滞納会社に移転していなかつた。このことは滞納会社が廣市の同意を得た後に訴外株式会社吉野組に埋立工事を請負わせる決議をした後、滞納会社を代理して一美が右吉野組と請負工事契約を締結する際にも廣市の承諾を得てから右契約が発効することを承認した事実によつてもうかがうことができる。
抗弁として、
一 仮りに右事実がすべて認められないとするならば原告の本訴請求は信義則に反し且つ権利濫用として許されないものである。即ち滞納会社は前述一一名の者達によつて発起設立され、引受株式は一一名同数の株式会社であるから右一一名が株式払込について共同の責任がある。したがつて原告は右一一名に対し右株式払込請求権を代位行使して請求すべき義務がある。さもなければ廣市、一美を除く九名の発起人等は支払をまぬがれ不公平な結果となり、かような権利行使は信義則に反し権利の濫用というべきである。仮りに廣市の相続人である被告原等に支払義務があるとするなら一次的に請求金額の一一分の一であり、同被告等以外のものから支払を受けられなかつたときにはじめて残余の支払を求め得べき筋合いである。
二 仮りに発起人等が滞納会社に対し未払込株式があるとしても右金員は昭和三五年七月四日までに支払われるべきものであつたから、右期日から満五年の昭和四〇年七月三日の経過により商事債権の時効によつて消滅しており、原告の請求に応ずべき理由はない。
と述べた。
被告原等を除くその余の被告等(以下被告山田等という)訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
一 請求原因事実第一項は不知、同第二項は認める。同第三項のうち廣市、一美が原告主張のその他の者と共に滞納会社の発起人となつたこと、一美が主張の日に死亡したことは認めるがその余は否認、同第四項のうち被告山田等が一美の主張のような共同相続人であり原告から主張のような債権差押の通知があつたことは認めるがその余は否認する。
二 滞納会社の株式は昭和三五年七月四日までに取扱金融機関である株式会社静岡銀行熱海駅支店に全額払込まれたから原告の請求は理由がない。
三 仮りに払込まれた株金が滞納会社の設立画後その代表取締役によつて払戻されたとしても、それは代表取締役の権限によつて為されたのであり、それについて廣市の責任の有無は別として右が払込の未済ということにはならない。廣市が株式払込金と同額の金員を払戻したとしても原告において右が滞納会社の営業の目的の範囲外で払戻され且つ使用されたことを主張立証しない限り、原告の請求は認容さるべきでない。会社の資本金はそのまま積立てて置かなければならないものではなく、営業のために運用されることは当然許されるべきものである。廣市は滞納会社設立当時代表取締役であつたが昭和三五年一〇月二六日解任され、同年一一月四日その旨の登記が為された。一美は同年九月一四日代表取締役に就任(同年九月一七日登記)したものでそれ以前は代表取締役ではなかつた。したがつて廣市が昭和三五年七月九日払込金に該当する金員を滞納会社の預金口座から全額払戻したとしても、それが原告の主張する如く「見せ金」の返還であることの情を一美が知らぬ限り、一美において一旦払込まれた株金を再度払込むべき義務はない。
以上のように本件は「払込の未済なる株式」には該当しないので原告の請求は失当である。
抗弁として、
一 仮りに被告山田等の主張が認められないとしても、原告は滞納会社に代位して会社が発起人に対して有する損害賠償請求権を行使すると主張するのであるところ、右権利は民法第七二四条にしたがい三年の時効をもつて消滅するものであり、滞納会社が五〇〇万円の株式払込金が払戻されたのを知つたのは昭和三五年七月六日、または少くとも一美が代表取締役に就任した同年九月一四日であるから、この時から三年を経過したときをもつて消滅時効は完成した。よつて原告の主張は失当である。
二 さらに原告の本訴請求は信義則に反し権利の濫用として許されない。原告は廣市、一美の相続人等に対してのみ滞納会社の株金払込請求権を代位行使する理由として、滞納会社の株式を訴外冨士宮信用金庫に譲渡するにあたり廣市、一美の両名が多額の分配金を得たことを挙げているのであるが、被告山田等は一美が右金員を果して取得したかどうか、またその使用先など全く不明である。仮りに右金員を取得したとしても滞納会社は長期間に亘つて営業不振であつたからその間の債務を負担しこれを弁済するのに充当されたものと推測される。
原告は発起人中生存する九名に対しては請求を為さずことさらに死亡した廣市、一美の相続人等であり原告の請求に対して防禦手段をもち合せていない被告等に対してのみ請求しており、このような権利の行使は信義則に反し権利の濫用として許さるべきではない。ことに原告は国であり国民に対し公平に権利を行使すべき責務を負つているのであるから、権利濫用に当るかどうかについては厳格に解されるべきである。
と述べた。
<証拠関係省略>
理由
一 滞納会社が昭和三五年七月四日商号を南熱海埋立株式会社、営業目的を埋立事業観光事業等、設立の際発行する株式を一万株(額面株式一株の額面五〇〇円)として設立され、昭和三七年四月八日商号を南熱海観光株式会社と変更し同年一〇月一〇日株主総会の決議により解散し清算中であること、原告(所管行政庁名古屋国税局長)が滞納会社に対して有する昭和四一年度法人税ほか合計二、八〇七万七、六四二円の租税債権を回収するとして、昭和四五年一月二八日被告原等に同年二月一〇日被告山田等に対し被告等に対して有する株式払込請求権(被告原いく同山田キミについては各一六六万六、六六〇円被告原英男同岩本博子同原正については各一一一万一、一一〇円その余の被告等については各八三万三、三三〇円)を滞納会社に代位して差押える旨の債権差押通知を為したことは当事者間に争いなく、廣市が昭和四三年一二月一二日死亡しその配偶者である被告原いくが三分の一、子である被告原英男同岩本博子同原正が各九分の二の法定相続分によつて相続したことは被告原等の、また一美が昭和四四年六月六日死亡しその配偶者である被告山田キミが三分の一、子である被告山田公美同山田久雄同松田朝子同山田晶士が各六分の一の法定相続分によつて相続したことは被告山田等の何れも争わないところである。
二 <証拠省略>によれば滞納会社は設立以来法人税の申告をしたことなく、昭和四一年一〇月二〇日限り納入すべき法人税一七二五万三、一一〇円が未納であり、無申告加算税一七二万五、三〇〇円延滞税九〇九万九、二三二円を加え二、八〇七万七、六四二円の租税債務を国に対して負担していることが認められる。
三 <証拠省略>によれば昭和三五年七月四日訴外関東起業株式会社代表取締役廣市が大和銀行静岡支店の右訴外会社普通預金口座より五〇〇万円を払出し、静岡銀行熱海駅支店廣市名義の当座口に電信当座振込手続を為し同日右訴外銀行同支店廣市名義の別段預金に入金され、同日右別段預金口座から全額払出された上右支店の滞納会社別段預金口座(株式払込金口、口座番号一六-九。廣市、一美、一藤木幸一、稲村雅一、石田邦夫、牛窪利朗、森野新太郎、菊地利夫、小松弘昌、小山貞吉、安藤清一、山田公美、一藤木英雄各七〇〇株三五〇万円、原秀雄(男の誤記と推認される。九〇〇株四五〇万円)に預入れられ同支店から払込完了証明を得たこと、昭和三五年七月六日右別段預金は全額払戻され右訴外銀行支店滞納会社名義の新規取引当座預金口座に預入れられ、翌七月七日全額が大和銀行静岡支店廣市名義別段預金口座へ電信当座口振込手続で送金され、同年同月九日廣市名義普通預金口座(口座番号七〇二番)に振替入金の上、同日全額が払出されたことが認められる。
四 原告は右認定する如く滞納会社設立に際して廣市から払込まれた資本金五〇〇万円が二日後に同人の手によつて払出されたのは、いわゆる「見せ金」による払込であつて払込未済の株式である旨主張するのでこの点について判断する。
<証拠省略>によれば、昭和三三年頃稲村雅一、一美、一藤木幸一、廣市、訴外石田彦太郎は熱海市下多賀の小山海岸地区海面の埋立事業を計画し同海域の漁業権者等の承諾を要するところから同地区の漁業協同組合幹部牛窪利朗、森野新太郎、菊地利夫に呼びかけて参加せしめた上、右の者等が互いに協力して県、市議会への働きかけや地元漁業関係者観光業者等の承諾を得るなど埋立権取得のための準備を進めて来たが当時廣市を除く右参画者等には資力がなかつたため右準備のための経費は主として廣市が出悁し、昭和三三年一〇月二一日右参画者等の代表として廣市名義で静岡県知事に対し前示公有水面埋立免許の申請を為したこと、しかし乍ら同県知事から埋立事業の公共性に鑑みこれを実施するには法人組織をもつて為すべきことを内示されたため右参画者等は右埋立事業を目的とする会社を設立することとし、小山貞吉、安藤清一、小松弘昌及び昭和三四年死亡した石田彦太郎の子石田邦夫に対し右会社設立のため名義を借受ける旨を依頼してその承諾を得た上前示参画者を含め一一名が発起人となり、昭和三五年七月四日右一一名に廣市の子である被告英男、一美の子である被告公美、一藤木幸一の子である一藤木英雄の名義も使用し(但し実質的にはそれぞれ廣市、一美、一藤木幸一の権利と考えられる)。滞納会社を設立したが、右設立手続は司法書士訴外橋本石太に依頼し資本金を五〇〇万円一株五〇〇円の額面株式を発行するものとし、前示一四名が七〇〇株宛(但し原英男名義は九〇〇株)平等に株式を引受け一人三五万円宛(原英男名義は四五万円)払込むとの形式を調え、右五〇〇万円の払込については橋本石太の指導により廣市が前示認定のように静岡銀行熱海駅支店に預入れて同訴外銀行より払込完了証明を得て滞納会社設立の手続を終えたものであること、右滞納会社の設立をまつて前示県知事の内示にしたがい、昭和三五年七月八日廣市名義で免許の下つた前示埋立権につき同日滞納会社に譲渡許可の申請を為し、同年同月一一日同県知事から右譲渡許可が為されたこと、が夫々認められる。
被告原等は廣市が前示五〇〇万円を滞納会社から払戻したのは同人において埋立権を取得するにいたるまで多額の費用を出捐し、その代償として埋立権を有償で滞納会社に譲渡しその代金の一部として右五〇〇万円の支払を得たものである旨主張するが、前示認定によれば本件埋立権の滞納会社への譲渡は実質的には当初から埋立免許を滞納会社名で得ることと変らず、滞納会社の発起人として名を連ねた者達(但し単に名義を借りた者を除く)の代表として廣市名義で右免許を得たにすぎないものであつて、その経緯から考え廣市が有償で滞納会社に右埋立権を譲渡したものとは解し難く、<証拠省略>のうちの、廣市に対し過去の支払分を含め三、五〇〇万円を支払う旨の文言も、その名下の印影が廣市の印鑑によるものであることに被告原等の争いなく、その余について<証拠省略>に照らし真実廣市が滞納会社に対し右三、五〇〇万円の債権を有すること表わしたものとは認め難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠は見当らない。尤も<証拠省略>によれば、廣市は埋立免許を得るにいたるまで主として資金面を受持ち埋立免許料二〇〇万八、〇三三円を含む諸経費を出捐したことが推認され、仮りに前示埋立権譲渡代金としてではなく右出捐金について廣市が免許会社に対し請求しうべき債権があつたとしても、右出捐総額は明らかでなく且つ前示認定の滞納会社設立の事情及び後記認定の滞納会社の株式譲渡時の事実並びに弁論の全趣旨に鑑み、廣市において右出捐した金員を滞納会社設立時に払込金から返済を受ける状況にあつたとは考えられず、前示認定の昭和三五年七月七日滞納会社の預金口座から五〇〇万円全額が廣市名義の預金口座に振込送金されたのが、廣市に対する債務弁済のためのものであると認めることはできない。
以上の認定によれば滞納会社設立に際して為された前示認定の五〇〇万円の払込は、はじめから会社資金を確保する意図はなく単に設立手続上要求される銀行の払込完了証明を得るための操作として為されたもので、払込の外形を整えたに過ぎず実質的に払込としての効力は有していないものと言わなければならない。
五 被告等は原告が他の九名の発起人に対しては滞納会社の株式払込請求権を代位行使せず、廣市、一美の相続人である被告等に対してのみ全額につき代位権を行使したことは信義則に反し権利濫用として許されない旨抗争するが、払込未済株式の払込義務は発起人の連帯責任であることは商法第一九二条第二項に照らし明らかであり、反つて前示認定事実及び<証拠省略>によれば、滞納会社設立当時からその経営ないし埋立権については一美と廣市とが実権をもち、やがてその両者間に滞納会社の主導権をめぐつて争いを生じ、一方埋立事業は一美が親しくしていた訴外吉野倫将の経営する株式会社吉野組が全額立替工事の約で着工したが、工事途中において右吉野組が資金に行きづまり訴外冨士宮信用金庫に多額の債務を負担する結果となつたこと、右埋立工事に関する債権回収のため右訴外金庫の理事訴外石川省三外四名が滞納会社の株式を譲受けて滞納会社の経営権を取得したところから右石川等訴外金庫関係者等と一美との間で粉争を生じ、昭和三七年七月一六日熱海簡易裁判所において裁判上の和解成立によつて一美が滞納会社から一切手を引くことをもつて右粉争に終止符を打ち、同和解において一美は石川省三等から示談金として三、三三〇万円を受領しうち一、九三〇万円を自己が取得したこと、同年八月三一日石川省三は滞納会社代表取締役として訴外東急不動産株式会社との間で埋立権に関する権利一切を右訴外会社に二億三、〇四〇万円で売却する旨の譲渡契約を結んだが、右契約に廣市が加わり右埋立権譲渡について異議を述べぬ旨を約し同年九月五日自己の滞納会社に対する株式等の権利を一、七〇〇万円で滞納会社に譲渡したこと、一美、廣市を除く発起人等は書面上株式譲渡代金として三〇〇万円から一〇〇万円を分配された如く扱われているが、右発起人等は滞納会社の設立に当つて名を運ねたもののその後その運営に実質的に関与したわけでもなく、一美において右分配金から経費等を差引いており現実に額面通りの金員が支払われたものとは認め難いことが認められ、右認定によれば原告が一美、廣市の相続人である被告等に対して滞納会社に代位して未済株式の払込請求権を行使したことは、実質的に滞納会社を支配し、またその権利譲渡に当つて他の発起人等と異なり多額の金員を取得したと考えられる一美及び廣市に対してその責任を追及したものと推認されるので、他に以上の認定をくつがえし原告の本訴請求が信義則に反し権利濫用であることを肯認すべき証拠のない本件において、被告等の右抗弁はこれを取上げることはできない。
六 さらに時効の抗弁について案ずるのに、商法第一九二条第二項による発起人の会社への払込債務は会社資本充実の要請から発起人に担保責任を課したものであつて、民法一般債権と同じくその消滅時効は会社設立の日から一〇年と解すべきである。よつて商事債権として会社設立の日から五年の経過によつて時効消滅をした旨の被告原等の抗弁及び不法行為債権として会社設立の日もしくは少くとも一美が代表取締役に就任した昭和三五年九月一四日から三年を経過した時をもつて時効消滅した旨の被告山田等の抗弁は何れもこれを容れることはできない。
七 以上のとおりであるから原告が滞納会社の前示租税債権者として滞納会社に代位して本件未済株式五〇〇万円の払込請求権につき廣市、一美の相続人である被告等の各相続分に応じ、被告原いく同山田キミに対し各一六六万六、六六〇円、被告原英男同岩本博子同原正に対し各一一一万一、一一〇円、被告山田公美同山田久雄同松田朝子同山田晶士に対し各八三万三、三三〇円(以上何れも一〇円未満切捨)と右各金員に対する会社設立の翌日である昭和三五年七月五日以降支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を差押えた上、国税徴収法第六七条に則り右債権取立として右各金員の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容することができるので、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 永石泰子)